サーカディアンリズム
では、若い成人のばあいはどうか。
こたえはイエスでもあり、ノーでもある。
わたしたちの体内にセットされている「生物時計」は、外界リズムで正確に24時間に修止されないかぎり、一日を約25時間とみなしている。
だから、社会的な時間の拘束のない環境地――地下壕とか極地での時計なしの生活――では、人の活動リズムはしだいに間のびしてくる。
この周期のながさは、1日のながさとあまりちがわないから「概目リズム」とか「目内リズム」ということばがよくつかわれる。
「サーカディアンリズム」とカタカナで書くほうがとおりがよいかもしれない。
つまり、私たちの羽毛 布団での寝起きのリズムは、社会の束縛からとかれても、サーカディアンリズムの影響をのがれることはできない。
答えがイエスであるといったのはその意味だ。
いっぽう、こたえがノーであるといったのは時間の拘束がないと、人はもっとこきざみに眠るようになるからである。